ラダック滞在記



1.『チョルテン』
 昔、高僧が死ぬと塩漬けにされてチョルテン(仏舎利)の丁度プリンのような形をした部分に入れられたと言う。
 このアルチの村に大きなチョルテンは多いのだが、民家に混じって建っているのはこの2つだけ。  一ヶ月に最低2度は僧が来てお経をあげるこの地。宗教との結びつきは強くこのチョルテンは、村人に守られ またチョルテンが村人を守っているようにも受け取れる。  

2.『ハスキーボイスの娘』
 いつも私に、ハスキ−な声で呼び掛ける、下宿の前の家に住む女の子。おじいさんは絵描きさん。
 つい先日、二番目の妹が生まれた。明日は、村人全員が集まって子供の出産祝いをする『マルザン』がある。それで、山に木を切りに行ったおじいちゃんの手伝い。少しぐらい重くっても平気。
 『きれいに描いてねー』と、私に言う。

3.人呼んで『賢い母さん』
 ひつじの名前。(角がある方は、オス) 何故その名を頂戴したかというと、  他の羊達より一足やる事が先んじている。  エサの時間には、先頭で飛んでくる。寸分の隙なく口を動かしうまい草をあさる。そして、他の羊達がのんびり食べ続けている時、自分一人(一匹)既に腹を満たし牛の餌場をのぞく。  ここになければ、犬の餌場と、その持って生まれた天分なのかとにかく抜きん出ているのである。
 

4.『女達』
 『マルザン』と呼ばれる、出産祝いの集まりにもどこでも女達は、座ると羊毛を紡ぐ。糸を紡ぎながらお喋りする。尼さんから小学生の娘、婆さん迄これが出来る。  この絵は、糸を紡ぐ手前の作業で。紡ぎやすく毛の綿状態を作っている所。環単位見えるが、コツがあって、下手に作ると糸を紡ぐ時、ひかかってしまう。   良く慣れた手先が、まるでフワフワの雲の様な、塊をいくつもいくつも作り上げて行く。飽く事のない作業。


5.『アルチゴンパ』
 ラダックにある寺の中でも、一番古い歴史を持つこのアルチ寺。リンチェンサンボによってたてられたものだが、もうひとつニャルマ寺が同じく古い。但し、何ものかによって壊されて、今はわずかに外壁を残すのみ。規模から言ってアルチ寺の数倍あったといわれる。  このアルチ寺、6つの堂からなる。特に印象深いのが三層堂。堂中央に置かれたチョルテンが二階を貫き三階に頭を出している。とりわけ壁画はすばらしく、私は鍵のかかっていないのを良い事に、こっそり入り込んではその素晴らしい壁画をスケッチした。 ところが、壁画をよく見ると四隅に何か張り付けた後がある。後で、知った事だが、一日本人(その関係では有名な人だと言う)が、壁画にトレ−スペ−パーをかけ四隅にセロテ−プを張った。その跡が、残ってしまったのだと言う。  アルチ寺は、インド・ニューデリーの文化考古学局の管理下にあって、その犯人を追い掛けたが、逃げ延びてしまったと言う。同じ日本人として、申し訳ない思いと、その道の専門家であればなおさらその重要性が分かっていたはずなのにという悔しい思いをした。


6.『チシュキーゾルマ29歳』
  彼女は、嫁に行かない。悲しいかな行きたくても行けないのだ。一妻多夫制で、あぶれた女達は尼になるか職につくか家の手伝いをするかになる。 彼女は、三番目の道を選んだ。兄嫁の子の子守りをする。水汲みをする。畑仕事をする。 とても働き者。 お婆ちゃんがしみじみ言う。『日本に誰かいいお婿さんはいないかねえー』

7.『ナムジュート』
 村の中を歩いていると、時々屋根を突き抜けてT字形に組んだ高い木を見かける事がある。  これは、ナムジュ−トと言って羊毛を紡いだ糸をニ本寄り合わせるしかけだ。これは、合計3本の糸が出来る仕組みとなっている。  日差しを浴びながらの作業は、2〜3日で終わってしまうが昼時、下の台所まで降りて食事をとる事はしない。傍らに、ツアンパとお茶、あるいはチャン(酒)を置いて食べながら続ける。 時折、糸が切れてしまう事がある。すると子供を呼んで屋根上に登らせ、糸を手繰り寄せさせる。 自分自身は、めったな事では動かない。
8.『ゴンパ祭』
 サスポ−ル寺でよく見かけた僧が踊り手の中にいた。サスポール寺の親寺にあたるのがリキル寺になる。 『アルチの村から片道3時間で行く』と、聞いて酸素が少ない高地である事をすっかり忘れていてのんびり出かけた私達。  片道あえぎあえぎで、なんと5時間もかかってしまった。鳥取の砂丘を何百倍も拡大した様な景色の中、道中出会う小さなマニが唯一の道標。  この様に、サスポ−ルから徒歩で見学に行った人およそ30人。大半の人は、リキルにある親戚の家で一泊し翌日も見学して村に帰ってくる。私達は、その日の内に棒になった身体をアルチの下宿迄星明かりの中運んだ。
9.『ショシイル』
 朝10時頃から夕方6時過ぎまで、厚さ約10cmのお経を2冊を ラマ僧5人、村人6人で分けて読経をする。  主催者は、三回の食事とバタ−茶、ラダックパン等のもてなしをする。 下の部屋では、親戚等親しい人が集まってチャンを飲みかわしている。 ショシイルとは、日本の祠堂法要に当たるのか?

10.『氏神を祭ってあった家』
 アルチ村には、3分の1近くの家にこの氏神を祭ってある。これと同じ形で“チョ-タル”という村の氏神を表すものがこの村に4つある。  夫々の関係者達の手によって、年に一度新年にそこに飾り付けられている杉の枝や布を新しいのに取り替える。

11.『モモ』
 名前はモモ メスの山羊。 3月10日早朝一匹のオスの赤ちゃんを出産。 親に似て全身黒。前頭部に少し白い毛がある。  とにかく元気のよい泣き声。それに呼応するようにモモが泣く。 そしてペロペロなめまわすことしきり。ひとりでも十分にお乳を飲めない癖に、手を貸してあげると、自分でやるとばかりにオッパイを探して飛びつく。  顔は、どちらかと言うとゴリラみたい。デッカイ鼻の穴。 そして口を大きくあけると赤いデッカイ舌。 今迄ずーっと羊の赤ちゃんばかり目にしていた。山羊のそれは、とにかく元気のよい事では羊を負かす。 加えて、母山羊の子煩悩さには、これ又羊の比ではない。 離されれば子を探して鳴きながら求める。外見はみっともないが いっぺんに山羊が好きになってしまった。

12.『サスゴーナムゴー』
 良く見ないと分からないのだが、中央にあるのは犬の骸骨で、表面は青と黒で着色されている。家の外壁のおよそ2m50cmぐらいの高さの所に取り付けられている。  羊、山羊、牛が増え そして小麦がたくさんとれる。雌牛はお乳がたくさん出る等々ありがたづくめのお守り。 他にもこの地には厄病払いのお守りもある。

13.『隣のおばさん』
 人の家に呼ばれて、昼間からぐでんぐでんに酔って家から100mの所で座り込んでしまった夫を、脇に抱えて運んだ彼女。
いつも顔をススだらけにして、めったにきれいにしている所をみかけない。 笑うと白い歯がキラリと光って、通りかかる私に小羊を抱いて 「オッパイ飲ませてあげて!」とからかう。
「あなたのを飲ませて!」と言うと、無いよとばかりに胸を開いて少ししわよって垂れたオッパイを恥ずかしげもなく私に見せる。
そのあけすけな明るさラダックで出会う女は皆こんな雰囲気がある。

14.『あそび』
 日本の様に自動車やら人形のおもちゃの手に入らないこの地では、洋服のボタンでさえ、おもちゃ遊び道具となる。
直系1cm程のちいさなボタンを真剣に見つめてワイワイはしゃぐ子供達。あるいは、石のあてっこ等々材料はすべて身のまわりの物ばかり。
 そして、薪集めや水汲み家畜の世話等良く働く。
どの子も赤いほっぺにキラキラ光るひとみ。可愛い!

15.『ロバ』
 当地方での荷物運搬には、もっぱらロバが使われている。
一軒に一頭ないしは二頭のロバを平均的に持っているようである。 馬はもちろん運搬力はあるが、村には一頭しかいない。 ロバの運送限度は、60kg。因に馬は100kgと聞いている。
 村の治水工事の地固めに土砂運搬をここ数日行っている。砂は、山の一部を崩す。一人の子供が4〜5頭のロバを指揮する。
 ロバは勝手で、隙があるとすぐ逃げ出す。滑稽なのは鳴き声。 今にも死ぬーとばかりの悲鳴に近い鳴き声は、聞いている分には驚ろかされるが、見ていると鼻を大きく広げ、目、口迄開けて鳴く。 そのおかしさは、たまらない。が、大きなひとみで、ジッとしている時の姿はとても可愛い。
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