毎日新聞ー富山・毎日新聞ー富山・石川版 月一回連載

僕の名はミミ(第19回-最終回)
12月11日2012年


二年と二ヶ月前に、ミミは、私達の前に現れた。やせ細って、肋骨 が見えるほどだった。足に火傷の跡の様な傷、そして毛が抜けて赤 くなった地肌。冬が近づき、寒さが押し迫って来る。見るに見かね て、家で飼う事にした。でも、可愛がろうという気持ちでもなかった。
 飼いだして間もない寒い日、ミミが外にいるのを知らずに鍵を掛 けてしまった。
夜も深く更けて、気付いた。慌てて外へ出たら、そ こにミミがいた。追い出された
と思ったのか、呼んでも中々家に 入ってこなかった。やっと家に入る。寒かったろ
うと、布団に入れ ると、私の手をしっかり両前足で抱きついた。まるで、捨てない
で、とでも言っている風だった。
  僕が、二階からトン・ン・トン・ン・トンと下りて、ニャーンと オカンを捜した。
居間へ顔を出すと、オカンは、フフッと笑って、 お早うと言った。そして、ぶぶを飲む
の?それとも、まんま食べ る?僕は、オトンのそばへも行って、背を伸ばして挨拶をす
る。と、 オトンは、オニャ、オニャと鼻の裏から声を出す。猫語のつもりなのだろうが、さっぱり
意味が分からない。僕は、オトンを無視をし て、オカンの用意してくれた水を飲んだ。
 今日は、よい天気だ。僕は日溜まりの椅子に上って、また、まど ろみに入った。

僕の名はミミ(第18回)
11月13日2012年


 鈴を付けた猫の飼い主が見つかった。二キロ近くも離れた集落だった。ミートと呼ばれる。
車の往来する道路沿いでなかったら、山を越えて来たのだろうか。飼い主は、よくもまあ、こんなに遠くに まで、と言いながら連れ帰った。
 二ヶ月もした頃、ミミが急に耳をそばだてた。走って外に飛び出すと、引き続いて鈴の音がした。
ああ、ミート君がやって来たんだ。二匹は、互いに追っ駈けっこして、遊んでいる風だった。
翌朝、ミミのお皿が、舐めたようにきれいになっていた。そして、ミート君は、姿を消した。
 数日後、また、鈴の音がした。今回は、長居してるので、飼い主 に電話した。すぐに迎えに来た。
ところが、翌日、また鈴の音を響 かせて現れた。また、飼い主が来た。が、今回は逃げ回って捕まろうと
しない。いい加減にしなさい、と引き上げたが、夜に再度来 て、今度は捕まえた。
もうこれからは、外に出さないんだから、と 言いながら帰った。
 ところが、数日後、また鈴を響かせながら、ミート君が玄関先に 現れた。ミミは、鼻先を近づけながら、
フアフアと話しかけている 風だった。あたかも、もう寒くなったんだから、自宅でゆっくりしなよ、
とでも諭しているように。
 翌朝、飼い主に電話すると、帰って寝ていると言った。

僕の名はミミ(第17回)
10月16日2012年


ミミは元気が無い。また、外へ出ようとしなくなった。無理に散 歩に連れ出しても、オカンより前に足を
出さない。集落を一周して ちょっと安心したのか、一人で外出するようになった。でも、すぐ 家に戻って
しまう。警戒心が、異常に強くなっていた。怖い目に 会ったのだろう。そして、ミミの右腕の外側の毛が
抜けていた。ス トレスから、自分で毛を抜いていたのか。

ある夜、ミミのうなり声が聞こえた。あわてて懐中電灯を掴んで 外に出ると、鈴を付けたミミより大きな
白黒の猫と対峙していた。 ミミが襲いかかっても、鈴付きは、するりと逃げる。喧嘩にならな い。ひょい
ひょいとかわしながら、人間のように、ぶつくさ文句を 言うように声を漏らした。

 喧嘩になるのを止めさせようと、ミミを抱えて家の中に連れ込ん だ。が、ミミは、家の中を走り回って出口
を探しまわる。全て閉め られていると分かると、オカンに開けてくれと言いに来る。知らん 顔をしていると、
自分でガラス戸を開けて、出て行った。それまで の落ち込みは、どこへ行ったのだろう。

僕の名はミミ(第16回)
9月11日2012年


 ミミとの散歩が日課になった。が、このところT宅まで来ると、決まって裏手へ回わり縁の下へ入り込み,
たっぷり時間を過ごす様になった。不思議だった。
 T さんに話すと、 うちの猫のクロスケとミランは、近くに猫の気配を感じると、興奮して 走り回るのよ。
 ミミは、仲間になりたくて、友達が欲しくて縁の下に潜んだのか。

  ある日、外出から戻ると、玄関先にミミがいた。が、それは見間違いで、白黒模様のミミにとても良く
似た野良猫だった。ただ、痩せて小さかった。ひょっとして、ミミと一緒に捨てられた兄弟かもしれない。
ミミがこの集落に姿を現した一年前、向かいの山腹のお寺の奥さんに、ミミとそっくりな野良猫が、家の中
に入り込もうとするので困っていると聞かされていた。可哀想に。それでも、厳冬を生き延びたのね。
餌を与えた。ミミ の兄弟なら、飼ってあげようと思った。でも、ミミは、面白がって 追いかける。だから、
その野良は、なかなか近づけない。

 夕方、Tさんからミミちゃん、いる?と電話があった。 ミミは、目の前で足を伸ばして寝ている。
 良かった。お宅の猫によく似た白黒の猫が車に撥ねられて、・・・。

僕の名はミミ(第15回)
7月11日2012年


 ミミは、よほど怖い目に会ったのだろう。怯え方が、尋常でな い。そろりそろりと腰を落として歩き、
ちょっとした物音にギクッ と身構える。この異常な警戒を、一刻も解こうとしなかった。
 ミミに何が起きたのだろう。まさか、裏山から下りて来た熊に遭 遇したのではあるまい。おそらく、
夜中、鎖が外れた黒犬メリーに 追いかけ回されたに違いない。
 ミミのびくつき方は、日を追うごとに増幅していった。そして。 二階の奧に引きこもったまま、
外に出ようとしなかった。
 これは、よくないよ。オカンは、ミミを散歩に連れ出す事にし た。
意外にも、ミミは、警戒を解かないまでも、ついて来た。集落 をゆっくり一周して帰ると、ミミの怯えた
歩き方は、消えていた。
 次の日も散歩に連れ出した。いかにも嬉しそうに飛び出して、道 路の中央で寝っころがって甘えた。
そして行く先々、得意げに樹に よじ上って見せた。
 その日から、一人で夜遊びに出かけるようになった。でも、毎 日、オカンに散歩をせびるようにもなった。

僕の名はミミ(第14回)-何かが起きた?
6月12日2012年


 夜、仲間をこい求める猫の甘い声が聞こえて来た。オカンはミミ かと思って、声のするお隣の 
玄関先まで来た。と、金茶色の猫が走 り抜けて行った。凄みのある野良猫だった。お隣のメス猫
ハナちゃ んを誘いに来たらしい。いつの間にか、オカンの傍らにミミが寄り 添っていた。
 次の日の夜中、凄まじい物音と、猫のうなり声が起こった。オカ ンは、布団をはね上げ、
明かりを点けた。コラー!と怒鳴った。する と、金茶色が逃げ出した。ミミも、その後を追いかけた。
そして、 お隣の縁の下で、続きのうなり合いを始めた。なんてこった、ミミ は、家の中にまで追い込
められていたのだ。
 金茶色は、一週間もしない内に姿を消した。ミミのためにほっと した。ところが、ミミが、
今までに無く尾っぽを膨らませて帰って 来た。異様にびくついていた。そして、その日から安全で
あるはず の家の中でも、腰を落としてそろりそろりと警戒歩き。ちょっとし た音にも飛び上がり、
外へ出ようとしなくなった。ミミに、なにが 起きたのだろう?

僕の名はミミ(第13回)ースズメを追う
5月8日2012年


ワァオ、ワァオ。ミミが縁側に座って、外を見上げながら尻尾を ご機嫌に揺らしていた。いつもに無い声。
まるで、楽しいおしゃべ りしているよう。誰と話しているのかしら。つられて見上げると、 松の木に、
小鳥がとまっていた。
 庭の草むしりを終えて家に入ると、バタバタと騒がしい音を立て て、なにかが目の前を横切った。続いて、
ミミが追いかけた。オカ ンも追いかけた。 紙置き場の手前で、ミミが前足で何かを掻き出そうとしている。
覗いてみると、白い紙の合間に、羽が三枚落ちていた。紙をそっと 持ち上げて反対側から覗くと、スズメが
横たわっていた。
 ミミ、逃がしてあげようね。
 紙ごと持ち上げて外へ出た。ミミは、どこまでも追いかけて来る。 集落はずれまで来て、ご近所さんに出会った。この弱ったスズメを どうしようか。相談しようと紙を開いた途端、飛び立って、屋根の 鬼瓦に止まった。
よかった、生きていて。
 ふと気がついて振り返ると、ミミがじっとこちらを見ていた。

僕の名はミミ(第12回)ー喧嘩(2)
4月10日2012年


 お隣の方から、また、猫のうなり合う声がする。オカンが慌てて 駆けつけると、ミミが小屋根から
飛び下りて来た。前足に血を滲ま せ、鼻の左横に縦一筋の浅い傷があった。
 お隣のおかみさんに話すと、
 怖がっているのは、うちのハナよ。灯油タンクの下に隠れて震え ているのよ。お互いにびびってい
るのかしら、と笑った。
 ところがである。我が集落に、野良猫が出現した。
 最初は、白い足袋の灰色の若い猫だった。オカンの姿を見ると、 素早く車の下に隠れた。覗いてい
ると、ミミがやって来た。オカン が傍にいるものだから、えらく威勢がいい。ウウーと、威嚇のうな
り声をあげた。すると、白足袋灰色もウウーとうなり返した。オカ ンも、ウウーとうなってみた。する
と、白足袋灰色は、背を見せて 逃げ出した。さすがに早い。石垣を、軽々と超えた。すぐさま、ミ ミ
が追いかける。ところが、石垣を登りきれず、ずり落ちてしまっ た。なんてドジなんだ、うちのミミは。

僕の名はミミ(第11回)ー喧嘩(1)
3月13日2012年


いない、いないと思っていたら、こんなところに隠れていたのね。
 ミミは、整理タンスの上で縮こまっていた。いつものように撫で ようとして、あっと、息をのんだ。
鼻の横に縦一筋強く、鮮やかな 赤い血を滲ませて、異様に神経の尖った顔つき。
 お隣のメスの老猫、ハナちゃんにやられたらしい。消毒のティッ シュで拭こうとすると、嫌がって顔
を背けた。可哀想に。ひどく痛 いのかしら。オカンは、やさしくやさしく、背中をゆっくり撫で た。
ミミの引きつった身体もやわらかくほぐれだした。オカンの手 の平を舐めるようにもなった。そこで、
目の前に、ありったけの ペットフードを並べた。でも、食欲は無いようだった。ミミの心 も、ひどく
傷ついたのか、翌日も、終日二階の布団の上に引きこもっていた。
 「なんだよ、強そうで、えらく弱いんじゃないか」と、オトンは言う。 
  次の日、ミミは、二階の窓から外を見るようになっていた。その 横にオトンが静かに座った。そして、
  一緒に外を眺めていた。
 
 
僕の名はミミ(第10回)
オトンが雪かき2月14日2012年


 雪が降り続いて、寒い寒い。いつもは、ストーブの傍か、オトン の膝の上で丸くなるのだが、
今日は久しぶりに晴れて、お日様が暖 かい。僕は二階の窓に座って、タップリ積もった雪景色を
見下ろし た。鼻を動かしても、冷たい空気が入ってくるだけで、危険な匂い も、獲物の匂いもしない。
まったりした日光浴。
 サク、サク。家の裏手から音が聞こえて来る。なんだろう?僕 は、雪の積もった屋根に出て、音のする
方へ回り込んだ。裏庭で は、オトンが、軒に届くまで積もった雪をスコップで崩していた。
 ミミー!
 僕を見つけたオトンが、手を休めて声をかけた。僕は、近寄ろう として、庭に突き出た小屋根に飛び移った。
ところが、そこは、急 勾配。しかも、雪が氷ってて滑った。あわてて、爪を立て手足をば たばた動かしたけど、
そのまま滑ってオトンの近くにドスンと落ち てしまった。
 騒ぎを聞きつけて、オカンが飛んで来た。僕は、深い雪に足を取 られながらオカンに駆寄った。そして、
凍えた足の裏を、何度も舐 め回した。

僕の名はミミ(第9回)
ミミの失踪(下)12月13日2011年


オス猫は、フラッといなくなっても、二・三ヶ月したら戻るもん よ。オカンの友達が慰める。
オトンも、ミミにはミミの生き方があ るのだから、と言う。オカンは、そんなものかと、寂し
く受け止めた。
 四日目の未明、オカンは、ミミの甘い声を枕元で耳にした。つい、お帰り、と言って目が覚めた。
でも、夢だった。寝室の襖は閉まったままだった。
 目が覚めて寝付けないので、台所に立って、早い朝食の支度を始 めた。そこへ、二軒先の家の
お婆ちゃんがやって来た。
「じいちゃんが、納屋の奧で猫の鳴声がするって言うとるんやけど」
 オカンは、飛び出した。どこへでも入り込むミミは、納屋の二階 奧の小部屋に閉じ込められていた。
 オカンの声に、僕は恐る恐る顔を出した。そして、大喜びのオカ ンに抱かれて、ほっとした。でもす
ぐに手を振りほどいて、一目散 に家まで駆け戻った。真っ先に、トイレ。タップリのおしっこだ。 次に、
餌に食い付いた。しあわせ。そして、満ち足りた舌で、傍で 見ているオカンの顔を舐めた。

僕の名はミミ(第8回)
ミミの失踪(上)11月9日2011年


ミミが、ネズミ捕りにかかってひどい目に遭ってから一週間程 たった頃、冷たい雨の降る夜だった。
どれだけ深く夜が更けても、 ミミは帰って来なかった。こんなことは、今までなかった。
 オトンは明日になれば帰るよ、と気安く言うのだが、心配性のオ カンは、餌の袋をジャラジャラ鳴らしながら、ミミー、ミミーと、 夜中の集落を歩き回った。
 翌朝、早起きしたオカンが言った。
「帰ってないわ。昨日、庭に出たミミが私の顔を見ると、ニャーと 声を出して三度も戻ったのよ。あれは、別れを惜しんでたのかしら」
 集落の一軒一軒に頼んで、車庫から納屋まで開けてもらった。向 いの山裾の団地へも行った。裏山までも登って捜した。
 三日目には、写真入りの尋ね猫の張り紙を作って、さらに奥の集 落まで行って貼らしてもらった。夜更けてからも、また探しまわっ た。でも、見つからなかった。とうとう、オカンは泣きだした。
「元の飼い主が恋しくて、家出したんだわ」

僕の名はミミ(第7回)
ネズミ捕りにかかる10月12日2011年


「いないと思っていたら、あんな所にミミがいるわ」
  お隣の町会長さんの納屋の小さな窓から、僕は情けない顔をして オカンを見た。
僕の脇腹に何かがくっ付いて、左足にもまとわりつ いてうまく歩けない。異変を
察したオカンが、飛んで来た。
「ミミは、ネズミ捕りに掛かったんだ」
 オカンは、僕を見て笑った。けど、板紙を無理矢理引っ剥がして も、一面にベッ
タリくっ付いたトリモチみたいな物が取れない。 焦ったオカンは、パソコンで対処
法を調べ出した。
 オトンが、小麦粉を振り掛けて逃げる僕を押さえつけて、ネバネ バをほぐして取
っていく。もう充分だよー。痛いし、怖いよー。必 死に逃れようとすると、今度は、
マタタビでごまかされ、風呂場で 抱えられ、サラダ油をたっぷり浸けて残りのネバネ
バを溶かし、仕 上げは、シャンプーを掛けられぬるま湯で洗われた。
 丸々半日も掛かったよ。僕は、もうぐったり。そんな僕に、オカ ンが声を掛けた。
「ミミは爪も立てないで、よく頑張ったね」

僕の名はミミ(第6回)どの餌がお好き?
9月13日2011年


オカンが、朝からオトンに愚痴をこぼしていた。
  「流し台の観葉植物の葉に、ミミの噛んだ後があるのよ。餌が不満 なのかしら」
 オカンは、僕のことで頭がいっぱい。オスかメスかの問題が決着 したら、今度は、
僕の食べる餌に頭を悩まし始めた。手をかけてい ろんな魚を料理しても、
僕は頑として、キャットフードしか食べな い。諦めたオカンは、ペットフードなんてと
言いながら、いくつも の種類を買って来て並べた。
「ミミは、どれがお好き?」
 もちろん、僕は、目新しいものがいいに決まってるさ。オカンは 僕の様子を見ていて、
どうなってんだろうと一粒ずつ食べ出した。「あら、ミミ、ちょっと湿気ただけで、もう食
べないのね。私より 贅沢!」
 最近、ご近所さんがみんな、異口同音に声をかけてくるようになった。
「お宅のミミちゃん、きれいになったねー」
 気がつくと、僕の神経症の脱毛は、すっかり回復していた。

僕の名はミミ(第5回)オスかメスか?
8月9日2011年


オトンは、絵描きだ。僕には、わかんない絵を描いている。オカ ンも絵描きらしいけど、
僕のことで頭が一杯。どうやら、今は、僕 がオスかメスかの決着をつけたいらしい。
 オカンは、パソコンで猫の雄雌の見分け方を調べて、僕がオスだ と踏んだのだけど、
お尻に例のオスのシンボルが見当たらない。お 隣の町会長のおかみさんに相談すると、
すぐにもやって来た。おか みさんは、あらーっ、と口に手を当てて僕のお尻に見入って
考え込 んだ。思案した末、「メスだわね」と言った。

 数日して、猫を八匹も飼っているkさんに出会った。「あんた、お尻のフリフリに触っ
てみんかいね。玉玉が無かったら,去勢済みってことやがいね」 オカンは、僕のお腹を
撫でる風をして、僕の大切な所をまさぐっ た。何度も、同じ所を撫で回された。
「ない!ないよ!」 ようやく、手の動きが止まった。
ふと見上げると、オカンの目に 涙があった。
「去勢までされたのに、捨てられたなんて」

僕の名はミミ(第4回)命名ー生まれ育った生活へ
7月20日2011年


 ニャアーァ、よく眠った。僕が、ゆっくり伸びをして、廊下を歩 き出すと、
 「ミミ、ミミ」
 オカンとオトンが、僕の顔を見て、急に呼び始めた。僕の名前だ ろうか?以前は、
タロウって呼ばれていたのに、まあいいか。僕 は、ニャァーン、と応えてみた。と、
オカンの喜びようったらな い。単純だなー、この家のオカンは。
 「おいで、ご飯よ」
 ペットショップのカリカリの乾燥した猫用餌がある。その横に、 煮魚と牛乳まで並
んでいる。僕は大喜び、飛びついた。でも、カリ カリしか食べない。もう、あんな生
臭い煮魚や、水っぽい牛乳ご飯 なんて、金輪際食うもんか。
 「あら、この猫、がっついてんの。でも、ペットフードしか食べな いわ。箱入り猫
だったのかしら?」
 そして 玄関先には、ペットショップの猫用の砂。この快適な感 触。足で確かめな
がら、やおら、うんちをしたよ。これぞ、生まれ 育って来た僕の生活だ。野糞なんて、
あんな下品なこと、よく我慢 して来たよ。

僕の名はミミ(第3回)
6月14日2011年


「ほら、あそこよ。目が緑色に光っているでしょ」
  オカンがオトンを連れて来て、お隣さんの縁の下で小さくなって いる僕を覗く。
にらめっこだ。オカンは、僕の事が気になってしょ うがないらしい。でも僕は、
人の姿を見ると、一目散に逃げて暗い 縁の下に隠れる。怖いんだもの。人間は、
何をしでかすか分からない。
 オカンは、毎日、毎日、食事を用意してくれるし、何も悪さをし ない。この家
に住むのもいいなー。きっと夢のように暖かいだろ う。隙を見て、入ろうとしたよ。
でも、頭を抑えて押し戻される。 入れたとしても、すぐに追い出された。がっかり。

  ミゾレ混じりの雨が降ると、さすがに同情されたのか、玄関先に 寝床を作って
くれた。この機会を逃すものか。僕は、一直線、家の 奥に駆け込んで、椅子の座布団
に飛び乗った。 あー、やっぱり、柔らかくて暖かい。この至福。この安心。絶望 が、
恐怖が、飢餓感が溶けていく。
「あらっ、この猫、自分の家みたいに眠り込んでいるわ」

僕の名はミミ(第2回)
5月10日2011年


「最近、うちの猫のハナ、ご飯を残さなくなったの」 お隣の町会長のおかみさんが、オガンと話している。
 僕は、オガンが、牛乳やら、煮魚やらを軒先に用意してくれるよ うになったので、お隣の縁の下に寝床を移したんだ。それに、お隣 の台所の入り口にある皿には、好物の猫のエサも残っていたりす る。こっそり失敬してたんだ。
「あの野良、私の顔を見ると、甘い声を出すのよ。おかしいと思っ ていたんだ」

 野良猫の生活は、きびしいよ。今までお坊ちゃん暮しだったの に、いきなり放り出されて、ひもじいし、寒いし、とっても心細 い。犬も、車も、人も怖いし。毛繕いどころか、ゆっくり寝れな い。自分でも薄汚いと思うし、痩せ細るばかり。これ、精神的苦痛だよね。神経ハゲまでできちゃった。

 もうすぐ冬。雪が積もったら、野良猫はどうなるんだろう。オガ ンが、町会長に相談に行った。「方法は、二つ。どこか遠い所へ持って行って放す。もう一つは、 保健所だ」


僕の名はミミ(第1回)出会い
4月12日2011年


 僕は、バットマンの帽子を被った白黒の美男子。
事情はよくわか らないが、捨てられたらしい。晩秋の夜、車に乗せられて、どこか 知らない山間で、
放り出されてしまった。心細いし、すべてがとっ ても怖い。一日二日と、縁の下に隠れていたのだけ
ど、寒くって、 お腹もすいてたまらない。
 うまそうな匂いにつられて、一軒の台所の明るい窓に飛び乗っ た。曇りガラスの向こうでは、女の
人が何かを作っているようだ。 僕は、鼻頭を近づけて、ミャ〜ン(ちょーだい)、とねだったよ。
と、 “うわー、化け猫がのぞいているわ!” だってさ。でも、もう 一人の人間が、野良猫だよ、
何かやらないと、死んじゃうよ、と言った。 これが、僕のオガンとオトンとの出会いだった。
  オガンは、大の犬好き。集落の犬を全部手なずけている。でも、 猫は嫌いだったらしい。小さい
頃、猫のシッポをつかんで、どぶに 放り投げた事があるそうな。ところが、オトンは犬はダメだけど、
猫は大好きらしい。 ニャニャ・ニャ〜ォ〜