ツオーク

 『寒い冬、ジュンちゃんが食後に、野菜屑とパンの残りを持って姿を消すようになった。だんだんエスカレートし、こねるパン種は二倍に三倍にと増えていった。それは、一歳になる子ヤク”ツオーク”だった。   ヤクは牛と違い、その野生を残して敏捷で獰猛でさえある。いたずらっ子も、近寄ろうとしない。でも、”ツオーク”が私の顔をみとめると、長い毛を左右にゆすって、タッタッタッと軽快に走り寄ってくる。そして、ポケットに大きな鼻を突っ込もうとする。エサが遅いと、頭突きをかけて早く早くとせがむ。食べ終わると、十分でなくても、その大きな舌で私の手をぺろぺろなめまわす。私が帰ると、”ツオーク”もどこまでもついてこようとする。でもある地点迄くると、とげをつけた長い尾をゆすって、またタッタッタッと引き返す。 ”ツオーク”も幼毛が落ち、角も三日月のように鋭くのびて青年ヤクらしくなっていった。近年、雄ヤクは食用に殺される事が多くなっている。飼い主は、そんな私の心を知って言った。"ツオークは殺さないで、荷物運搬に使うよ"』     『フンザにくらして』より